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大学教授、翻訳家という金原さんは幅広いスタイルを
おもちです。 今回は「文学の創作」活動や日本の
伝統芸術にも興味をもたれプロデュースされたり、
コラボレーションの面白さなどお話しを伺いました。
大学を卒業するときには、カレー屋になろうと思ったとか。
ええ。就職試験に全部落ちまして、何をやろうかなと
考えて思いついたのが、カレー屋だったんです。
どういうふうにやろうと考えたかといいますと、
屋台だったんです。ラーメンやおでんの屋台はあっても、
カレー屋の屋台はないでしょ。
だからきっと流行るはずだと考えたんです。
でも、それは考えただけで実行しませんでした。
就職試験が終わったころ、卒論指導をしてくださっていた
先生に「就職はどうした?」と聞かれて、
「全部落ちたので、カレー屋をやろうと思います」といったんです。
そうしたら、「大学院に進んだらどうだ」といわれました。
でも、当時の僕は大学院が何をするところかわからなかったので、
「大学院って何するところですか」と聞きました。
するとその先生は、「週に2回ぐらい学校に来て、後は本を読む。
それだけで奨学金がもらえるところだ」なんていうものですから、
へぇーと思い、大学院にいくことにしたのです。
行ってみますと、先生のいったことは
あながちまちがいではありませんでしたが、
勉強は大変でした。論文を書かないといけませんでしたし。
その先生も、今の僕と同じように研究とともに
翻訳をやっていた方で、翻訳の勉強会を開いてもいたんです。
で、僕もそこに顔を出すようになり、
いつの間にか翻訳をするようになりました。
一冊全部をひとりで翻訳するようになったのは、
大学院を出た30歳のときでした。
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